2013年2月3日日曜日

「新しい出生前検査を語ろう」報告書


「『ハイリスク』な女の声をとどける会」のメンバーである重原が、『We』182号(2月・3月号)の特集「地域でゆるやかに支えあう」に投稿したレポートを以下に転載します。
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なお、文章の分かりやすさのため、あえて文体は「出生前診断はよく知らないけれど、興味があって参加した学生」の体をとっております。
あしからずご了承ください。


「新しい出生前検査を語ろう」報告書

「精度99パーセント、流産の危険なし」。そんな売り文句を下げた新しい出生前検査が喧伝されはじめたのは、去年の9月頃だった。ここまで報道するかというほど、マスメディアで連日取り上げられていたのが私には印象的だった。そして今までとは何か違うと決定的に思ったのは、私の周りの20代前半女子の間で出生前診断が話題になったとき。彼女たちが「やっぱり検査は受けた方がいいよね~」などと言いながら、ananの「妊活特集」を読んでいる光景を目の当たりにしたとき、モヤモヤとした感情が沸き上がってきた。新しい出生前検査は何を明らかにして、何を切り捨てているのか。1223日に文京シビックホールで開催された「新しい出生前検査を語ろう」に参加してきた。

●検査で「すべての異常」が分かるわけではない
まず、「『ハイリスク』な女の声をとどける会」のAさんは、看護師であり高齢妊娠だったご自身の経験をお話しくださった。もともと看護師は職業柄夜勤が多く、放射線や毒物に曝露していることから、看護師の間では「看護師はハイリスク」と言われている。そのうえ、40代での妊娠であったことから周りからは「出生前検査を受けないの?」とよく聞かれていたそうだ。結局、検査を受けないことを選択して出産へ踏み切ったが、もしも障害のある子どもが生まれてたら「検査を受けていれば良かったのに」と言われたのだろうか?そういう煮え切らない思いから、「ハイリスク」の会の設立に到ったと言う。Aさんのお話で興味深かったのは、99パーセントというのは妊婦一般に当てはまる精度ではなく、ハイリスクではない妊婦にこの検査を行うと、精度は50パーセントくらいまで下がることがあること。そして染色体異常は新生児の先天異常のうちの25パーセントに過ぎず、その25パーセントのうち、新しい出生前診断で明らかになるのは13番、18番、21番のトリソミーという3つの染色体異常のみであるということ。新しい出生前検査に限らず、羊水検査なども既存の出生前検査はどれも一部の先天異常しか分からないそうだ。

出生前診断ですべての異常が明らかになるかのような印象を持っていた私には、それが大きな驚きだった。出生前検査がまるですべての異常が明らかになるかのような印象を持っていたけれど、たったの3つしか分からないのだ。なぜその3つばかりが取り上げられるの?という会場からの疑問に、Aさんは「その3つの染色体異常は、生きて生まれてこられる障害であるから」と答えていた。他にもダウン症(21番トリソミー)はどの年代の妊婦にも一定数出現するので、一定の需要が見込まれるという商業的な理由もあるだろうとのことだった。そんな理由で3つの異常は選ばれているのだ。

●「選択」の責任は妊婦にあるのか?
同じく「ハイリスク」の会のBさんはいま妊娠中であり、妊婦の立場から二つの話題提供をされた。一つは、高齢妊娠だから新しい出生前診断を受けたいという女性の立場である。妊娠した女性は、嫁であったり妻であったり娘であったり、複数の立場におかれることが多い。立場ごとに異なった人間関係があり、それぞれの思惑もある。そんな中で妊婦が下した判断はほんとうに「自己決定」と言えるのだろうかと。もう一つは、妊婦の経験や意見を抜きにした「安易な中絶」というトピックである。確かにメディアで新しい出生前検査が取り上げられている時には、必ずと言っていいほど「安易な中絶に繋がる危険性がある」という意見が付加されていた。しかし、たとえ結果的に中絶を選んだとしても、その経験が安易なものであるはずがない。中絶以外に選択肢が存在しなかった女性の苦しみを医療は看過しているのではないか。どんな子でも安心して産めるような、妊婦が安心して妊婦でいられる社会が必要であるとBさんは結んだ。

●技術を使うルールづくりに当事者が参画できていない
最後のお話は、1982年に優生保護法改悪を阻止するために結成されたSOSHIREN女のからだからに所属するCさん。Cさんが疑問を呈していたのは、今回の新しい出生前検査では、女性や障害者といったその技術の当事者となる人々が、使用のルールを決める過程に参画できないということだった。また、障害があると分かった上で産むという決定を出した妊婦への支援が不可欠だとCさんは指摘した。胎児の障害の有無が分かる検査だけは存在するのに、依然として障害児を産むのが困難である状況があるのは、中絶への誘導になってしまうだろう。
その後のディスカッションは16人の参加者の方がみな堰を切ったように話し出した。育児を親のみが担うことになってしまっている現状、ただ特定の障害のみをターゲットとしている検査への不信感、さまざまな人々がさまざまな障害を抱えながら元気に生きていることが医療現場では知らされないことへの戸惑い…。参加者のお一人であった脳性まひの方の、「勉強ができる人もいるし、絵を描くのが好きな人もいるし、障害があってもなくてもいろいろな人がいる。私は障害を持っているけれど、悪くない人生だよとみんなに伝えたい」という発言に、みなウンウンと頷いていた。

●こんな風に生きていけるというピアサポートを
今回の新しい出生前検査では、遺伝性疾患の当事者や家族のサポートを行う、遺伝カウンセリングシステムが整備されることが望まれているそうだ。日本産科婦人科学会が1215日に出した指針案にも、検査が行える病院は「認定遺伝カウンセラーまたは遺伝看護専門職が在籍していることが望ましい」という文言が入っている。しかしながら、まだ実際に障害を持った方からのピアサポートが受けられるような状況は整っていない。もちろん、専門家の方々から検査の内容だとか、染色体異常の仕組みについて話を聞くことも必要な事なのだろう。けれども胎児に障害がある可能性があると告げられた親御さんが一番不安に思うのは、子どもがきちんと生きていけるのか、産まれてくる子どもがどんなことが出来てどんなことが出来ないのか、どういう困難があるのか、という実際の生活に関する事ではないだろうか。「健常者」の視点で考えれば、大変なことはたくさんあるのかもしれない。けれども、同じ障害を持った方からお話を聞けたり、毎日どんな生活をしていて、どんなヘルプが必要なのかを見る機会があれば、親御さんの不安はどれほど軽減されるだろう。だが障害のある当事者からのピアサポートが受けられるような状況は整っていない。
今後は染色体異常だけではなく、遺伝子の異常が分かるようになる日も近いと医療に従事している参加者の方が話されていた。それにともなって出生前検査が広まっていくのは避けられない未来かもしれない。だからこそ、私たちが大きな声を上げて、医療現場に疑問を伝えていく必要があるだろう。遺伝カウンセリングの内容の検証や、ピアサポートシステムの導入要請、当事者を含めた話し合いの要求…。できることはたくさんある。そう強く思った会であった。

※「新型出生前検査」とは、母体の血液中に存在する「DNA断片」の量を測定して、赤ちゃんの染色体の数が多いか少ないかを推測するもので、ある程度の確率で推定できるのは染色体異常のうち3種類ですが、この検査だけで確定診断にはなりません。詳しくは「ハイリスク」な女の声をとどける会のブログや、SOSHIREN女のからだからのサイト(http://www.soshiren.org/)もご参照ください。(編集部)

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