2013年1月23日水曜日

「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」指針(案)に対する意見書(パブリックコメント)


日本産科婦人科学会御中

「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」指針(案)に対する意見書


平成25年1月21日

「ハイリスク」な女の声をとどける会
代表:二階堂祐子 渡部麻衣子
住所:東京都渋谷区桜丘町14-10 渋谷コープ211
アジア女性資料センター気付
E-mail: hrwomen2012@gmail.com

私たち、「ハイリスク」な女の声をとどける会は、日本産科婦人科学会母体血を用いた出生前遺伝学的検査に関する検討委員会において作成中である「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」指針(案)について、検査の対象となり得る妊婦の立場から、下記の通り意見を述べさせて頂きます。当該検査によって、妊娠期が妊婦にとってさらに不安且つ不快な時期となることのないよう、適切な指針の作成を切にお願いする次第です。


1 「Ⅲ 母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査の問題点」について

1−1 指針(案)では、項目III において、まず「妊婦が十分な認識を持たずに検査が行なわれる可能性がある」とし、妊婦の認識が不十分である可能性を指摘している。しかし、妊婦の認識が不足するとすれば、それは、当該検査の実施において十分且つ適切な情報提供が行なわれないためである。また、当該検査はたしかに技術的には「きわめて簡便に実施可能である」が、この検査が妊婦にとって「簡便」であることは決してない。先に提出した意見書でも述べたように、技術の簡便さの如何によらず、一方で胎児が命をつなぎ止めることを祈りながら、他方で胎児を失う可能性のある選択をするということは、妊婦にとって深刻なジレンマとなり得る。妊婦にとって出生前検査は「困難」な技術である。したがって、指針においてまず強調すべきは、妊婦の認識不足ではなく、十分な情報提供が行なわれない可能性であると考える。

そこで、下記の通り本項の表現の修正を提案したい。具体的には、

① (1)「妊婦が十分な認識を持たずに検査が行われる可能性」を「~十分な情報の提供が行われずに検査が行われる可能性」へ、
3 行目「十分な認識を持たずに」を「十分な情報の提供が行われずに」へ、
4 行目「妊婦が動揺・混乱のうちに誤った判断をする可能性」を「妊婦に動揺・混乱を与え、十分な意思決定支援が行われない可能性」へと修正することを求めたい。

1−2 Ⅲ(2)についても、妊婦が「誤解」する可能性のみを強調するのではなく、むしろ誤解を生じさせる要因を検討すべきであると考える。たとえば、検査結果に対し「妊婦が誤解する可能性」があるのは、2012 8 月末からの報道の影響が大きいと思われる。妊婦はじめ社会に、検査結果に関する正確な情報が当初から与えられなかったことが「問題点」ではないか。本項の表現ではこの点が看過されている。また、弊会で行なった聞き取りでは、指針にある施設要件を満たさない医療機関においても、検査について助産師にたずねる妊婦が多く、説明に苦慮している様子がうかがえた。ある助産師は「まずは医療者の教育が必要」と述べている。
この検査についての情報を求める妊婦が、平等に、適切且つ十分な情報を得ることができるように、お産に関わる一般の医療者及び報道諸機関に対する教育の必要性を、指針においても強調して頂きたい。同時に、医療者やメディア等を通じて提供される不十分で偏った説明や投げかけられる言葉が、妊婦の決定に強く影響することを指針に明記し、医療者をはじめとする関係諸機関に周知頂きたい。


2 「Ⅳ母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に対する基本的考え方」について

2−1 6 行目「妊婦がその意義、検査結果の解釈について十分な認識を持たずに検査を受ける可能性」という記述について、Ⅲと同じく表現の再考を検討いただきたい。
2−2 検査を提供する医療者には、具体的に以下に挙げる姿勢を求めたい。(以下に続く)
2−3 妊娠出産における選択肢や、障がいのある人の生活、また障がいのある人を含む家族の生活が多様であるということを、出生前検査を提供する医療者の共通の認識とするための取り組みを行なう事を求めたい。具体的には、

・出生前検査を前にした時の気持ちを、妊娠を経験した女性自身から聞く機会を持つこと。
(参考資料別添)
・胎児に異常がみつかった時の気持ちを経験した女性自身から聞く機会を持つこと。
・医学的な理由で胎児を失う女性の気持ちを聞く機会を持つこと。
・障がいのある人の様々な成長の仕方や、生活のあり方を学ぶ機会を定期的に持つこと。

こうした情報を医療従事者に提供することのできる当事者は既に存在している。それらの当事者と連携しながら、妊婦とその家族に対して適切な対応のできる医療者が出生前検査を提供するようなしくみを作って頂きたい。


3 「V-1 母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査を行う施設が備えるべき要件」について

3−1 「p4. において、「遺伝カウンセリングを必要とする妊婦に対して臨床遺伝学の知識を備えた専門医が遺伝カウンセリングを適切に行なう体制が整うまでは、母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査を我が国において広く一般産婦人科臨床に導入すべきではない。」としているが、この項において「適切な遺伝カウンセリング」として、どのようなものが想定されているのかが明確ではない。そこで、以下を要望する。

・2の2行目で言及されている遺伝カウンセリングに要する「十分な時間」とは、1回あたり何時間、何回以上のものを想定されているのか、明記して頂きたい。
・妊婦が検査について「十分に考慮する時間」を持つために必要となる日数の目安を明記し、検査前の遺伝カウンセリングを適切なタイミングで提供することの重要性を示して頂きたい。
・妊婦が検査について「十分に考慮する時間」を持つために、妊娠前から出生前検査について情報を求める女性とそのパートナーに対しても、V-3 で示された内容を含む「遺伝カウンセリング」あるいは「妊娠前相談」を提供する体制を整えることを明記して頂きたい。

3−2 3、5、6 では、確定診断後の妊娠継続に関わる妊婦の選択に対する支援について言及されているが、想定されている支援のあり方が不明瞭である。妊婦の心身の負担を考慮すれば、妊娠継続の有無に関わらず、検査を受けた施設で継続した支援を受けることが不可欠である。したがって、5 の「妊婦のその後の判断に対して支援し、適切なカウンセリングを継続できること」を、「妊婦のその後の判断に対して、心理的、身体的な支援を提供し、適切なカウンセリングを継続できること」と修正することを提案したい。

3−3 加えて、弊会の行なった聞き取りでも、生存不可能な児の妊娠継続をあきらめた妊婦に対するケアのあり方が病院によって大きくことなるために、困難な選択をした妊婦がさらなる心身の負担にさらされていることも示唆されている。妊娠継続の如何によらず、妊婦と胎児を最後まで尊重するケアを提供することを、医療者の責務として指針に明記して頂きたい。

3−4 Ⅴで医療従事者に求める姿勢として示されているように、実施施設には検査対象となっている疾患や障がいの当事者と連携した体制を求めたいため、6の項のあとに、7(新規)「医師、遺伝カウンセラー、助産師、看護師が検査の対象となっている当事者の団体(当事者の親のグループ等)による講習を受けるための運営体制を有すること」を追加して欲しい。具体的な取り組みの一例として、イギリスでは、ダウン症協会の働きかけにより、助産師を対象としたダウン症に関する1 日講習会が行なわれている。日本でも、出生前検査の提供に関わる全ての専門職が、対象となっている疾患や、妊娠継続に関する選択について、それぞれの当事者による講習を受けるようなプログラムを作ることを求めたい。


4 「V-2対象となる妊婦」について

4−1.本項の前提として、対象となる妊婦は、「検査の受検を希望し、かつ、従来より侵襲的検査の対象と想定されてきた者、具体的には、客観的理由の1から5にあてはまる者」であることを明示してほしい。
4−2.また、1の「高齢妊娠の者」(出産時に満35 歳を迎えている者)については、以下の説明を追記してほしい。すなわち、「高齢妊娠の者を対象とするのは検査技術の限界のためであり、高齢での妊娠出産に本質的な問題があることを意味するものではない」等。


5 「V-3 母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査を行う前に医師が妊婦およびその配偶者(事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む)、および場合によっては他の家族に説明し、理解を得るべきこと」について

5−1 (2)4の「これらの染色体異常や合併症の治療の可能性および支援的なケアの現状」中の「支援的なケアの現状」の内容が不明瞭なので、具体的に明示してほしい。例えば、「出生した子どもが成長する地域における療育や福祉の体制、当事者団体(当事者の親のグループ等)の活動の実際」等。


6 「Ⅵ 母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査に対する医師、検査会社の基本的姿勢」について

6−1 1に、検査について「医師が妊婦に積極的に知らせる必要はない」とあるが、これは医療従事者のどのような対応を指すのかが不明瞭である。検査についての情報を求めた妊婦には、「実施施設」であるか否かに関わらず、すべての施設に共通した適切な情報提供を求めたい。よって、「~積極的に知らせる必要はない」の後に、「ただし、妊婦から本検査の説明の要請があり、本検査を説明する場合にはV-3 にある内容に沿った配慮が成されるべきである。当該施設が実施施設でない場合に妊婦が受検に向けたさらなる情報を求めた際には、近隣の実施施設を紹介すること」等、説明の手順についての追記を求めたい。


7 指針(案)全体について

7−1 指針の対象は、日本産科婦人科学会の会員なのか、新しい出生前検査の提供に関わる全ての職種であるのかを明確にして頂きたい。
7−2 この指針は、新しい出生前検査を提供する施設の要件を定めているが、この要件に当てはまらない施設が、独自に企業と契約を結び検査を実施することを明確に禁じておらず、包括性に疑問がある。
7−3 指針を遵守する対象が明確でない中で、この指針の枠外で検査を実施する機関が現れた時の対応についても検討し、指針の中で明記して頂きたい。



参考資料:出生前検査を前にした時に妊婦は何を思うのか


弊会では、出生前検査に対する女性の気持ちを聞き取るために、横浜市内で女性の「産み」「育て」を支援するサロンの協力を得て、出産を経験した女性達の座談会を開催した。参加者は8名だった。聞き取りでは、新しい出生前検査について解説した後、出生前検査を前にした時に自分自身で考えるであろうことを、「受けるとしたらその理由」、「受けないとしたらその理由」、「考える過程で生じるであろう気持ち」を、それぞれお聞きした。以下では,主な意見を紹介する。

○ 受けるとしたら、その理由
・心構えとして
「異常があったら生まれてくるまでに、受容できるかも」
「妊娠中から心構えが出来る」
「少しでも胎児のことがわかれば、安心できるから(お腹の中にいると、全く見えないから)」
まれてからの支援のため」
「命を救うためなら病気を知りたい」
「生まれてからの治療方針など早めに手を尽くせる」

・家族のために
「夫や家族が強くのぞめば」
「親や親戚の声が気になる」

・子育ての不安のために
「経済的に・・・」
「保育園とかに入れられるのか心配」
「歳取ってからの子だから子供の将来が心配」
「うまく育てられるか心配・・・。」

○受けないとしたら、その理由
・生むために
「どんな子でも産んであげたい」
「それで産まなかったら一生自分を許せなくなりそう」
「どんな子でも育ててみたいから」
「何を持って不幸せかなんか分からない」

・検査の精度や確定診断のリスクのために
「診断のリスクを考えるとやりたくない」
「確定ではないから」
「検査の結果が本当に正しいかわからないから」
「そもそもなんのためなのか、わからない部分がある」
「『陽性』と出た時の周囲の反応にがっかりしたのに、健常児が生まれた場合、周囲との確執が無駄に生まれるから」

・検査後のプロセスのために
「知ったら悩んでしまいそう」
「中絶は辛い」
「中期中絶をする勇気がないから」

○検査を前にした時におこるであろう感情は
不安
・罪悪感
逃げたい
・疲れる
・後悔(「検査を受けた方が良かったかな?」)
周囲の反応への意識(「やっぱり高齢だからと言われる・・・。」「障害のある子が生まれたら「なんで検査を受けなかったの?」と責められそう・・・。」「偽善と言われるのでは?」)
(協力:umi のいえ)